ホロライブ所属のバーチャルアイドル、星街すいせい。その圧倒的な歌唱力とアイドルとしての存在感で、国内外に膨大なファン層を持つ彼女に、ある噂が長らく付きまとっている。「星街すいせいの中の人はフィリピン人ではないか」というものだ。SNSの片隅で生まれたこの話は、いつしかネット上に定着し、さも確定事項のように語られるようになった。果たして、その根拠はどれほど信頼できるものなのか。冷静に整理してみる。
星街すいせいとは - ホロライブが誇るバーチャルアイドル
星街すいせいは3月22日生まれの日本のバーチャルYouTuberで、愛称は「すいちゃん」。ホロライブプロダクションに所属し、歌とアイドルをこよなく愛する永遠の18歳のアイドルVTuberとして2018年3月22日にデビューした。自身のYouTubeチャンネルを拠点に音楽活動とゲーム配信の両輪で活動を続け、カバー曲からオリジナルソングまで幅広い楽曲をリリースしている。
2018年3月22日に個人配信者としてVTuberデビューし、ホロライブへは2019年5月19日にイノナカミュージックのオリジナルメンバーとして加入。その後、2019年12月1日付でホロライブ0期生に転籍している。個人勢からのし上がってきたという経歴が、彼女のコアなファン層に強く支持されている理由のひとつでもある。
2021年には1stアルバム『Still Still Stellar』を、2023年には2ndアルバム『Specter』をリリース。音楽シーンにおけるVTuberの地位を確立した先駆者のひとりと言っていい。その歌声は一度聴いたら忘れられない独特のパワーを持ち、国内の音楽チャートでも上位に食い込む実力派だ。
「フィリピン人説」はどこから来たのか - 噂の発端を追う
噂の出所はひとつではない。複数の「状況証拠」が組み合わさって、ネット上でひとり歩きしている。まず最初に広まったのは、ある海外発のデータベースサイトに掲載された情報だった。顔バレ画像の発端になった「Songview」というデータベースの正体を調べると、実はホロライブ運営のカバー社が楽曲管理に使っているルートとは別系統のサイトだったことが判明している。つまり、出発点からして公式情報との紐付けが弱い。
そこから派生する形で「フィリピン人ハーフ説」が生まれた。ネット上で流れた情報によると、「珠里亜」という名札をつけた女性の写真が、ある人物の母親のFacebookとされる投稿から発見されたとされている。珠里亜→ジュリア→JURIAという変換を経て、「WATANABE JURIA」という人物と結びつけられ、さらにその周囲に外国籍とされる人々が写っていたことから、フィリピン人との関連が主張されるようになった。
もうひとつの根拠として語られるのが、同僚VTuberのノエルが星街すいせいの実家で行われたクリスマス会に参加した際、「春巻きみたいなやつを食べた」と話したエピソードだ。フィリピンではクリスマスに「ルンピア」というフィリピン風春巻きを食べる文化があることから、この食事がフィリピン人説の根拠として挙げられるようになった。
しかし、これは本当に「証拠」といえるものなのか。春巻きは中国料理にも日本料理にも存在する。クリスマスパーティーで揚げ物が出たからといって、それを特定の国籍と結びつけるのは、かなり無理のある論理だ。
本人はどう答えているのか - 否定の事実を見逃すな
もっとも重要な点は、当事者の声だ。星街すいせい自身がフィリピン人であることを否定しており、「フィリピン人と判明した」というのは間違い。正確にはネット上で勝手に中の人がフィリピン人だと言われているだけだ。本人の否定発言があるにもかかわらず、噂が既成事実のように拡散している状況は、VTuberをとりまくネット文化の危うい側面を映し出している。
本人はハーフではないと主張しており、フィリピン人説はあくまで噂の域を出ていない。VTuberというキャラクターの性質上、声優や演者の素性を詮索することには元来デリケートな問題が伴う。ファンとしての楽しみ方と、プライバシーへの踏み込みのラインは、本来は厳然と区別されるべきものだ。
星街すいせいさんはハーフではないと主張しているため、あくまで噂レベルの内容にとどまる。にもかかわらず検索上位には「確定情報」として語るページが目立つ。これは情報リテラシーという観点から、冷静に向き合う必要がある問題だ。
「えんどる」説とは何か - 中の人の有力候補について
フィリピン人説とセットで語られることが多いのが、「中の人はえんどるさんである」という説だ。こちらは長らくファンの間で語られてきた。ニコニコ動画で活動していた歌い手「えんどる」さんが有力候補とされており、えんどるさんは歌い手として活動しながら、イラスト・動画編集・ゲームのシナリオ制作・漫画制作まで手がけていたマルチクリエイターだった。
星街すいせいはデビュー当初のキャラクターデザインやLive2Dを全て自作しており、えんどるさんもPixivに多数の作品を投稿していた。その画風が非常に似ており、特に顔のパーツの描き方や目・鼻の表現方法がそっくりだと言われている。
また、星街すいせいはテトリスの実力者として知られており、なんと世界2位のプレイヤーと対等に戦えるほどの腕前だ。えんどるさんもニコニコ動画で「テトリス団ッ!!」というコミュニティに所属していたことが確認されている。ゲームの腕前、イラストの画風、声の質感。これらの状況証拠が積み重なって、えんどる説は支持を集めてきた。ただし、あくまでも「有力説」であり、公式が認めたものではない。
なぜ噂は広まり続けるのか - VTuber文化と匿名情報の問題
ネット上のファンの間では、星街すいせいの中の人に関するフィリピン出身説が非常に根強く囁かれており、その圧倒的な歌唱力やどこか日本人離れしたパワフルな表現力が、その噂の感情的な根拠になっている側面がある。
ただ、「歌がうまい=外国にルーツがある」という発想自体、論理的な根拠のある推論とは言い難い。日本国内にも圧倒的な歌唱力を持つ人物はいくらでもいる。
いずれの根拠も、公式から明確な発表があったわけではなく、星街すいせい本人がフィリピン国籍であるという決定的な証拠はない。現在のところ、これはファンコミュニティ内での噂にとどまっている。むしろ注目すべきは、なぜそれほど多くの人がこの噂を信じてしまうのかという社会的・心理的な背景だろう。
VTuberという文化は、キャラクターとしての「虚構」と演者としての「実在」が複雑に交錯する。ファンは時として、その境界線の向こう側を知りたいという強い衝動を感じる。しかしそれが「憶測の事実化」というプロセスを経て、無検証の情報として拡散されるとき、結果的に実在の人物のプライバシーを侵害しうる問題に発展する。
公式情報とファクトの線引き - 正確な理解のために
星街すいせいは個人勢からのし上がってきた歌唱ガチ勢のイメージや、クールな歌声とは裏腹に、本人はやたらとテンションが高くホロライブメンバーとの交流も深い、陽キャな人物として知られている。その人間性や活動の足跡は、キャラクターとしての「星街すいせい」を豊かにするものとして語られるべきだ。
出身地についてもさまざまな憶測が飛び交っている。マリオカートのゲーム配信中に「ザンギ」という唐揚げの別名を知らなかったというエピソードから、北海道出身ではないかと噂されることもあれば、配信中に口にした方言から島根県出身ではないかという考察もある。フィリピン人説はこうした数ある「考察」のひとつに過ぎず、特別な信ぴょう性があるわけでも、公式に否定されていない「未確認情報」でもなく、実際には本人が明確に否定しているものだ。
星街すいせいを語るべき本当の文脈
結局のところ、星街すいせいという存在の核心は「誰の中に人がいるか」でも「どの国籍か」でもない。彼女が2018年の個人VTuberデビューから積み上げてきた音楽的実績、ファンとの関係性、そしてVTuber業界における先駆者としての功績こそが、語るに値する本質だ。
「アイドルマスターになりたくてこの仕事を始めた」と語ったことがあるほど、アイドルへの情熱は本物で、ライブに行くたびに延々と感想を語り続けるほどの熱量を持つ人物だ。そのピュアな情熱が楽曲や配信を通じて滲み出てくるから、多くのファンが心を動かされる。
フィリピン人説をはじめとする中の人についての噂は、検証の結果として「根拠が薄く、本人も否定している」という事実に行き着く。ファンとして彼女の活動を楽しむなら、確認できない情報を拡散するよりも、次のライブや新曲を心待ちにする時間の使い方のほうが、ずっと豊かではないだろうか。
「星街すいせいはフィリピン人か」という問いへの最も誠実な答えは、シンプルだ。本人が否定しており、決定的な証拠は存在しない。それ以上でも、それ以下でもない。